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登録有形文化財

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年9月18日更新

小泉の重田家住宅(国登録有形文化財)


 重田家は、江戸時代の中頃から代々医師を家業としていました。初代当主は、姫路城主のお抱え医を務めていたと言われています。当家の家伝薬は大変良く効くと言われ、地域の人々の間では「小泉重田家の門をくぐるだけで病気が治る」と言われた程でした。

 広い屋敷内には、主屋・穀蔵・西の蔵・東の蔵・外便所・井戸屋形・表門及び塀等があり、この7棟が有形文化財として登録されています。主屋は住まい兼診療所として造られ、桁行き8間、梁間5間の総2階建てと、この地方としてはかなり規模の大きい民家建築です。棟札に明治16年(1883)建築と記されており、建築当初より診療所として使用されていました。つくりは農家造りで、多間取り(6間取り)型の農家住宅を基本としたものですが、表側には立派な式台を構え、中に「ゲンカンノマ」を配するなど、当家の格式を示しています。

 これら一連の建物や屋敷構えは、貴重な地域の歴史的景観資源であるとともに、明治から昭和にかけてのこの地方の医家の暮らしを知ることが出来る、貴重な歴史的資源です。

 また、重田家は昭和2年の玉村町域で電話が開通した時の芝根村唯一の加入者で、次に芝根村役場が加入したのは昭和9年でした。(小泉の重田家住宅は非公開)
小泉の重田家住宅
小泉の重田家住宅

上新田の井田家住宅(国登録有形文化財)


 旧日光例幣使道(旧国道354号)の北側で、玉村宿に所在し、大きな切妻屋根を持つ二階建平入りの建物です。玉村八幡宮への参道西に位置します。主屋は、向かって右手が広い土間で、上手に広い居室を二列並べ、角座敷を張り出す間取りで、奥行の浅いトコや帳台構の痕跡などに古式を示します。

 宝永2年(1705)から酒造業を営み、その後は、あらゆる商品を扱うなど、江戸後期には玉村宿を代表する商家でした。屋号は「和泉屋(いずみや)」、酒の銘柄は「不尽泉(ふじいずみ)」で、酒造業は昭和58年(1983)まで営んでいました。

 和泉屋(井田家)の建物は、(1)現存する玉村町最古の民家建築である。(2)日光例幣使道玉村宿では残存する数少ない江戸時代の建物である。(3)江戸時代在郷商人の実態を示す建物である。1階平面は町家でなく農家の平面形式である。(4)玉村八幡宮とともに玉村町のランドマ-クとなっている建物である。などの点で高く評価されています。(上新田の井田家住宅は店舗部分のみ見学可)
上新田の井田家住宅
上新田の井田家住宅

玉村八幡宮末社国魂神社(国登録有形文化財)

 平成26年10月7日付で、玉村八幡宮末社の国魂神社社殿がその歴史的建造物としての価値が認められ、国の登録有形文化財に登録されました。

 国魂神社は、明治43年に当初旧玉村尋常高等小学校の奉安殿として、天皇陛下・皇后陛下の御真影と教育勅語を奉置するために建てられた建物です。戦後、GHQの指令で奉安殿は撤去されることとなりましたが、地元の人たちは建物を玉村八幡宮に移築、保存することを決断し、現在も建物は残されています。

 国魂神社の写真

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